大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和22年(つ)7号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告理由は一、不服の要點本件忌避申立ハ偏頗ヲ事由トスルモノニシテ原決定ノ如ク訴訟遲延ノ目的ニ出テタルモノニ非ス然ルニ忌避ノ目的カ茲ニ在ルモノトシ却下セルハ目的ヲ曲解誤認セルモノニシテ決定ハ不當不法ナリ忌避ノ目的カ偏頗ノ虞存スルコト即忌避ノ原因ニ關シテハ前記申立書ニ詳述疏明シアリ、二、却下決定ハ本月三十一日ノ公判廷ニ於テ爲サレタルモノノ如シ然レトモ同日被告人ノ辯護人ハ二名共立會セス故ニ適法ノ開廷ナカリシモノナリ從テ本件却下決定ハ適法ニ告知セラレサル違法アリ、三、要求 如上ノ理由ニ依リ右却下決定ヲ取消シ忌避申立ニ對シ相當ノ裁判ヲ爲ス爲メ大阪高等裁判所ニ事件ヲ移送セラレンコトヲ求ム」といひ、同補充理由は一、抗告人ノ忌避申立ノ當否ハ申立事件ニ於テ宜シク御審判ヲ仰ク、二、原審カ刑事訴訟法第二十九條ニ依リ右申立ヲ却下セルハ甚シキ妄斷ナリ、イ、被告人ハ勿論抗告人ニ於テ本件訴訟ヲ遲延セシムル必要モ利益モ毫末存在セス本件未決勾留既ニ一年ニ滿ツ右忌避ハ當該判事ノ豫斷偏頗ノ虞アルニ由ル実ニ己ムヲ得サルニ出ツ原審ハ此ノ忌避ヲ以テ訴訟遲延ノ目的ノミニ出テタルモノトノ心證ヲ得タル所以ノモノハ抗告人ノ推認シ得サル所ナリ抗告人ハ同條ニ依ル却下ヲ爲シタル真意ヲ疑フモノナリ、ロ、本被告事件ハ忌避申立書ニ記載セル如ク稀有ノ窒息死ノ原因ニ付キ法醫学上ノ再鑑定ヲ必要トスルモノト確信ス控訴審ニ於ケル辯護ノ重點実ニ茲ニ存シ被告事件ノ運命又方ニ茲ニ繋ル此ノ再鑑定ノ却下ハ直ニ如上豫斷偏頗ノ具現ナリ忌避亦己ムヲ得サルナリ、ハ、再鑑定カ許サルルナラハ訴訟ハ當然遲延スベシ然レトモ此ノ遲延ハ被告人ノ甘受感佩スル所ナリ遲延ハ被告ノ希望スル罪責ノ減免ノ必要的先決條件ナリ忌避ノ申立カ訴訟ノ遲延ノミヲ目的トスルモノニ非サルヤ明々白々些ノ疑ヲ挾マサルヘシ、ニ、刑訴二九條ハ訴訟遲延ニ依リ或ハ恩赦ヲ受ケントシ或ハ輕キ新法ノ適用ヲ受ケントスルカ如キ遲延自體カ被告ノ利便ニ供用セラルル場合即忌避ノ申立カ法廷戰術其他ノ事由ヨリシテ訴訟ノ遲延ヲ招致スル方便トシテ假用セラレ濫用セラルル場合ニ適用セラルヘキモノト信ス本件ニ於テハ如上事由全然存在セス原審ハ此ノ存在ヲ證明シ得ルヤ否ヤカカル證憑ナキニ拘ラス右忌避申立ニ關シ同條ヲ適用セントスルハ同條ノ法意ヲ誤解スルカ又ハ同條ヲ濫用スルノ不法又ハ不當ノ存スルコト寔ニ明白ナリ、ホ、如上ノ次第ナルヲ以テ原決定ヲ取消シ忌避ノ當否ヲ審判スルヲ相當トスル旨御裁判相成リ度シ」というにある。

しかし、裁判所法第七條によれば最高裁判所は、上告の外、「訴訟法において特に定める抗告」について裁判權を有するのであるが、ここにいう「訴訟法において特に定める抗告」とは、日本国憲法の施行に伴う民事訴訟法の應急的措置に關する法律第七條又は日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に關する法律第十八條に定めた抗告のように、訴訟法において特に最高裁判所の權限に屬するものと定められた抗告をいうのである。訴訟法にかような特別の定めのあるものを除いては、高等裁判所の決定及び命令に對する抗告を含まないものと解さなければならない。けだし裁判所法中、高等裁判所の裁判權に關する第十六條第二號には「第七條第二號の抗告を除いて、地方裁判所の決定及び命令に對する抗告」とあり又地方裁判所の裁判權に關する第二十四條第三號には、「第七條第二號の抗告を除いて、簡易裁判所の決定及び命令に對する抗告」とあるのに對比すれば、若し最高裁判所の裁判權が高等裁判所の決定及び命令に對する抗告を含むものとするときは、最高裁判所の裁判權に關する第七條第二號には、「高等裁判所の決定及び命令に對する抗告」と定むべきであり、又さように定めたであろう。そればかりでなく、高等裁判所が第一審又は第二審としてした決定及び命令に對する抗告に限るか、又は高等裁判所が第三審としてした決定及び命令に對する抗告をも含むかについて、明かに定むべきであったろう(裁判所構成法第五十條參照)。しかるに、同條には單に「訴訟法において特に定める抗告」といって原審裁判所等を掲げない特殊の表現を用いている點より見れば、その意義を前述のように解する外はないのである。かかる字句は、從來裁判所の裁判權を定めていた裁判所構成法第二十七條、第三十七條、第五十條にも用いられていなかった全く新らしい特殊な表現であって、「特に」の意義は、特に最高裁判所の權限に屬するものと定められた抗告を意味することは、かかる沿革に照らしても窺い知ることができる。更に又、裁判所法第八條には「最高裁判所は、この法律に定めるものの外、他の法律において特に定める權限を有する」とあるが、ここに「特に定める權限」とは、特に最高裁判所に屬すると定められた權限を意味することは、まことに事理明白であって、「特に」の意義は、この場合も第七條第二號の場合も同樣である(なお、第十七條、第二十五條、第三十四條參照)。

要するに、裁判所法は、最高裁判所の使命任務の重要性に鑑みその負擔を輕減するため、一般的に見て比較的重要でない抗告について制限を設けたものと解するを相當とする。そして訴訟法の應急的措置に關する前記法律において、憲法適否の問題についてのみ特に最高裁判所に抗告する道を設けたものである。その他の法律において、特に最高裁判所に抗告を許している規定は、現存していない。

さて、本件についてみるに、その抗告理由は原決定において、法律、命令、規則又は處分が憲法に適合するかしないかについてした判斷が、不當であることを問題としているものでないことは、抗告状自體により明かである。それ故、本件抗告は、これを不適法として棄却すべきものとし刑事訴訟法第四百六十六條に則り主文のとおり決定する。

右決定は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 真野毅 裁判官 齋藤悠輔)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例